大判例

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大阪高等裁判所 平成6年(う)622号 判決

理由

第一  本件公訴事実と原判決の要旨

〔中略〕

原判決は、(1)無罪部分について、公訴事実にかかる事実関係そのものは、関係証拠により明らかに認められるとしながら、これを無罪とした理由として、建築基準法九条一項又は一〇項に基づく行政処分の名宛人如何については、命令書の表示により形式的に決定されるのでなく、処分経過や当事者の意思等を考慮し実質的に決定することも許されるとし、又、被告人Bが本件建築物の建築主をAのように装った事実を認めながら、本件の場合被告会社とAの同一性が誤認混同される実態はないことや、市当局の調査不十分等を理由に、Aに対する命令を、被告会社に対する命令と解するには無理があり、右命令の内容である工事施工停止義務などを負わせるものではなく、従って、被告会社につき同法九八条違反の罪は成立しない、とした。

〔中略〕

第二  控訴趣意とこれに対する判断

論旨は、要するに、原判決は、名義上の建築主たるAと被告会社との同一性が認められるにもかかわらず、事実を誤認してこれを否定し、又も建築主をAとして同人に宛てた本件行政命令の及ぶ範囲について、法の解釈適用を誤り、本件公訴事実を無罪としたもので、且つ、有罪とした事実についても、同様に事実を誤認し、法の解釈適用を誤った結果、名義上の建築主を名宛人とした各命令が被告会社に及ぶことを否定したものであって、これらの事実誤認及び法令の適用の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というものである。

そこで、所論及び答弁(当審弁論を含む。)にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討し、次のとおり判断する。

一  先ず、本件両建物の建築経過と実際の建築主、これに対する大阪市当局による調査等の対応、本件告発に至る経緯などについてみるに、関係証拠によると、その概略は、次のとおりであったと認められる。

(1)  本件両建物の建築経過と実際の建築主などについて

〈1〉 被告人Bは、被告会社を建築主として本件両建物の建築を計画したが、建築基準法に適合する建物を建築していては採算に合わないとして、当初から同法に違反する建物を建築しようと考え、違反建築を強行する場合に、市当局による行政処分が自身や被告会社に及ぶことを免れ、且つ、建設に反対する付近住民向けの対策として、その建築主が、地上げ等で警戒されている不動産会社ではなく、一般の個人であるかのように見せかけるため、殊更に建築主の名義を偽って被告会社の名前を秘匿しておき、被告会社の従業員のA(同人は被告人Bの愛人でもある。)及びDの名義を使用することとし、承諾を得た同人らの印鑑を借用し、建築(設計)事務所に対し、平野駅前ビルはA名義で、京橋ビルはDの名義でそれぞれ建築確認申請手続をするよう依頼した。

〈2〉 更に被告人Bは、市当局に提出すべき工事施行者の選定届、工事監理者の変更届、委任状等の書類に自らA或いはDの印を押捺した外、平野駅前ビルに関する市当局との対応をHらに依頼し、呼び出しを受けたAにはHと共に同市へ出頭するよう指示し、市当局の問い合わせに対しては建物完成後も建物名義はAである旨述べるよう指示し、〔中略〕建築確認を得た後の市当局との交渉でも、AやDが建築主であるように振る舞わせるように指示した(なお、被告人Bは本件両建物の建築現場に市当局が繰り返し設置した工事施工停止命令等の標識を勝手に撤去している。)。

〈3〉 市当局が本件各違反の是正に関し、A及びDの両名に宛てそれぞれ郵送された本件各違反の是正に関する命令書は、これを受領した両名からその都度被告人Bに手渡されていて、被告人Bは各命令書の内容を十分知悉していたのみならず、これらの命令書が実質的には被告会社に宛てられたものと認識し理解していた。

(2)  大阪市当局の対応について

〈1〉 平野駅前ビル関係

平成二年七月一九日大阪市建築指導部監察課の担当職員Kらが住民の通報に基づき現地調査をしたところ、確認申請の内容と実際とが著しく相違していることが判明したので、早速工事監理者に電話したが不在で連絡が取れず、同月二六日に再度現地調査し、現場にいた工務店の従業員に工事施工停止を指示したが、依然工事が続行されていたので、市当局は、本件建築確認申請手続上の建築主であるA宛に同月三〇日付で第一回工事施工停止命令書を発送した。しかし工事が中止されないため、同年九月三日付でA宛の第二回工事施工停止命令書を発送し、更に、A、工事施工者C、工事施工者S、敷地所有者被告会社の合計四者宛てに(同年一〇月九日付で予告通知をした上)同月二二日付で違反建築物措置命令書が発送され、平成三年一月一八日には同日付で右四者に宛てた各違反建築物措置催告書が発送された。

その間平成二年一一月六日には、担当の設計事務所から建築主A、申請者Aのそれぞれ署名押印のある代理者・工事監理者の変更届が提出され、同月七日にはA及びHが大阪市当局を訪れ、Aが担当職員に「工事はSに任せている。CはSの下請けで、完成後の建物の名義はA名義となる」などと説明した。同年一二月一八日、Aが大阪市当局の担当官を訪ね「(前記違反建築物措置命令書に基づく措置をする)是正する金がない」などと説明している。平成三年一〇月九日大阪市当局は、被告発者を建築主A及び工事施工者Cとする本件告発に及んだ。

〈2〉 京橋ビル関係〔略〕

二  右認定事実から明らかなように、被告人Bは、当初から違反建築物の完成を意図し、右違法目的の達成のために、法による規制を僭脱する意図で、被告会社が実際の建築主であることを秘匿し、自己ないし被告会社がその背後に隠れて意のままに操作できる身代わりとして、名義上の建築主たるAやDを設定し、これをいわゆるダミーとして使用したものであるから、名義上の各建築主と被告人Bないし被告会社との間には、両者を同一主体としてみるべき実質的関係が存在するものというべきである。たしかに、大阪市当局においては、本件各命令を各建物の名義上の建築主である右Aらに宛て発出しているが、これは、その実際の建築主が被告会社であることを確知しえなかったことによるものであって、止むを得ない措置であったといわなければならない。そして、本件各命令は、Aらを介して、被告人Bにそのまま伝達され、同被告人もその内容、及びこれらの命令が実質は被告会社に宛てられたものであることを十分に了知していたことなどをも考え合わせると、名義上の建築主であるAらを名宛人とした本件各命令は、被告人Bを代表者とする実際の建築主である被告会社に宛てた命令としての効力を有するものというべきである。その効力を否定する原判決の見解は、被告人らの脱却法の意図を容認し、その術中に陥る結果を招くものであって、到底賛同することができない(本件と類似の論点につき、右と同様の結果を示すものとして、大阪高等裁判所昭和六〇年一二月一七日判決・刑事裁判月報一七巻一二号一四三三頁以下参照。)

この点、原判決は、「本件命令が名義上の建築主たるAらに対して誤ってなされたのは、被告人Bが付近住民対策等のためAらの名義で建築確認申請をし、その後の大阪市当局との交渉もAらが建築主であるように振る舞わせ、本件両建築物の建築主をAらであるように装ったことに起因する……」などと説示(なお、原判決は被告会社の従業員であるDと被告会社の同一性に関しては明示の説示を加えるところがないが、Aについてと同一趣旨を説示するものとみられる。)し、単に近隣対策等のために本件両建築物の建築主をAやDであるように装ったと認めるに止まる趣旨の説示をするのであるが、しかし、被告人Bが名義上の建築主を設けることにより達成しようとした意図・目的、或いはこれに期待した機能・役割りは、単に原判決が指摘する内容・程度に止まるのではないことは、前記のとおりであるから、この点の原判決の説示には、事実誤認のかどがあるといわざるをえない。

又、原判決は、「行政処分の名宛人如何については、命令書の表示により形式的に決定されるものではなく、処分経過や当事者の意思等を考慮し、実質的に決定することも許される……」としながら、行政処分の効力を、名義上の名宛人以外の者に及ぼす要件として、両者の間にその同一性につき誤認混同される実態が存在することが必要であるとの見解をとり、本件の場合そのような実態はなかったとするのであるが、しかし、本件のようなダミーを使用する事例の場合は、もともと名義上の建築主及び実際の建築主の両者が明確な別人格として実在することを前提にして、名義上の建築主を表に出すことにより実際の建築主の存在を隠蔽し、実際の建築主が名義上の建築主の背後に隠れる形で、違法建築の強行等という違法目的を達成しようとするものであるから、右両者の間に外観上も誤認混同を招くような実態があったかどうかということを本件行政処分の名宛人ないしその効力の及ぶ範囲の決定基準とするのは、背理であり、妥当性を欠くものというべきであり、賛同できない。

更に、原判決は、大阪市当局は、本件Aに対する違反調査の家庭で、平成二年八月一日までには現地の土地登記簿謄本を入手して敷地所有者が被告会社であり、次いで同月一三日までには被告会社の商業登記簿謄本を入手して、本件建築主がAでなく被告会社でないかと疑うべき相当の資料を入手しながら、被告人Bや被告会社の関係者はもとより、Aに対する直接の事情聴取などもしておらず、市当局自身の事実確認の調査不十分のため、建築主を被告会社でなくAであると誤信したにすぎない、として、本件処分が被告会社に対するものと解するには無理があるとする。

しかし、前記一(2)に認定した本件各命令が発せられた経過に徴すると、大阪市当局としては、行政処分をなすに必要な相当の調査をした上、右命令をなしたものというべきである。原判決が指摘する前記登記簿謄本などによっては、本件敷地所有者が被告会社であり、Aが被告会社の取締役とされていることなどが判明したにとどまり、原判決が指摘するその余の点を斟酌しても、建築確認申請など本件一件書類の記載内容をはじめ、被告人Bの意図に沿った関係者の大阪市当局との一連の対応経過などに照らすと、大阪市当局において、本件建築主がAやDでなく被告会社であると疑うべき相当の資料を入手したものとは到底認め難いというべきである。その他、本件各命令の効力に影響を来すような事由があるものとは認められない。

三  以上に検討したとおりであって、原判決は、名義上の建築主と実際の建築主との同一性が認められるのに、事実を誤認してこれを否定し、又、建築主をAとし同人宛に発せられた本件行政処分の効力の及ぶ範囲につき、法の解釈適用を誤り、同処分の効力が被告会社に及ばないと判示して、公訴事実(第一・一)を無罪とし、更に、有罪とした事実についても、同様に事実を誤認し、法の解釈適用を誤った結果、名義上の建築主を名宛人とした各命令書が被告会社に効力を及ぼすことを否定したものであって、これらの事実誤認や法令の解釈適用の誤りが、いずれも判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

(裁判長裁判官 田村承三 裁判官 久米喜三郎 小倉正三)

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